最高裁判所第一小法廷 昭和42年(オ)1293号 判決 1968年10月17日
上告人
秋田醤油醸造株式会社
代理人
阿部正一
被上告人
武藤祐三郎
代理人
北村利夫
主文
原判決を破棄する。
本件を仙台高等裁判所へ差し戻す。
理由
上告代理人阿部正一の上告理由について。
原審は、所論引用のとおり、甲第一、二号証のみから「控訴人(被上告人)は現に被控訴会社(上告会社)の株主であることを肯認するに十分」であるとしたうえ、右認定に反する一審証人松本惣治の証言および一審における被控訴会社代表者本人尋問の結果は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はないと判示している。
なるほど、右認定資料とされた甲第一、二号証は、被上告人名義の上告会社の株券であつて、その成立について争いがなく、かつこれが甲号証として被上告人から提出されたことからすれば、右認定は一見これを肯認しうるもののようである。しかしながら、記録によれば、右甲第一、二号証は、一審においては提出されず、原審になつてはじめて提出されたものであり、被上告人(原告)の一審における本人尋問の結果中には「乙第二号証の一の七項に本契約と同時に株券一、〇〇〇株を甲に引渡すとありますがこの株券は現在泰彦がもつていると思います、私は現在これをもつておりません。」との供述部分があり(一五五丁末行以下)、成立に争いのない乙第七、八号証にも被上告人が本件株式を上告会社代表者池田泰彦に譲渡した事実を推認せしめる記載がみられる。のみならず、被上告人が一審において、上告会社の株券は右池田が全部所持しているとして文書提出命令の申立をしている事実、および前記甲第一、二号証の裏面裏書欄に被上告人の裏書がなされている事実は、被上告人が一審において甲第一、二号証を所持せず、これを他に裏書譲渡しており、上告会社の株主ではなかつたことを窺わせるに足りる資料といわなければならない。しからば、原審としては、被上告人を上告会社の株主であると認定するためには、以上の証拠を排斥するか、しからざれば、被上告人がその後あらためて他から上告会社の株式を取得した事実を認定しなければならない筈である。そして、もし後者の場合であるならば、その取得は、取得者の氏名および住所を株主名簿に記載しなければこれをもつて会社に対抗しえない(商法二〇六条一項)のであるから、原審はその事実をも審理判断すべきであつたといわなければならない。しかるに原審は何らこの点について審理判断することなく、前記の如く原審においてはじめて提出され、その裏面に被上告人の裏書のある甲第一、二号証のみから、漫然と被上告人を上告会社の株主と認定しているのである。したがつて、原審の判断には、この点において審理不尽、理由不備の違法があるというべく、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
よつて、民訴法四〇七条一項にしたがい、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(岩田誠 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 大隅健一郎)